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Re: 映画の話題では

 投稿者:バッジ@ネオ・トロツキスト  投稿日:2014年 9月15日(月)11時02分52秒
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  > No.6324[元記事へ]

まっぺんさんへのお返事です。

> >政治的立場で映画そのものを否定するというのは左であれ右であれすべきじゃない
>
> う~ん。それは映画の内容によりますが、
> もともと政治的立場で作られた映画であれば僕は否定するべきだと思います。
> 『プライド』、『ムルデカ』。このふたつは間違いなくそれにあたると思っています。
> あまりにもあからさまで政治的な意図に充ちた映画だと判断していいと思います。
>
> 『プライド』は外国の映画でちょうどそっくりなものがあります。
> チャップリンの『独裁者』と、映画の作りはそっくりだと僕は感じます。
> これらは両方とも最後のシーンで政治的主張をするために構成されているような映画です。
> もちろん、その内容は正反対です。『独裁者』については普遍的な共感を得る事ができますが
> 『プライド』では日本の戦争を美化しようとする人々だけでしょう。共感できるのは。


こういう問題でさえ判定は難しいケースがあるよね。
だって、ファシストがファシズム礼賛・扇動の立場で作った芸術作品であっても、恥も外聞もなく得々として残虐行為が描かれているような映画が後に残虐行為の証拠になるような場合は少なくとも「証拠価値」のようなものだけはあるからね。
「悪意」も結果的には「悪人」が自分の首を絞め、「善の確認」や「善の普及」に役立つ場合がある。
たとえ芸術作品本来の使用目的からズレていたとしても、芸術作品には「悪」や重大な誤りの検証、糾弾材料やより善き人類社会創出のためになる場合がある。
そういう点からも、焚書行為はバカなことなんだよね。

もっとも、マルクスが、政治的には王党派の反動でしかないバルザックの文学を褒め讃えたのは、そんな評価や目的からではないけどね。


 
 
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