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利用

 投稿者:純情まっすぐ君  投稿日:2008年 8月26日(火)09時07分26秒
返信・引用
  >もう彼を充分”利用”したでしょう?
と書きましたが、”一方的に利用した”と言っていると思って、「ホームレス」まで
持ち出したのは伊達さんの方ですよ。

「ホームレス」の方から、あなたがたに支援の協力を依頼してきたのか、あなたがたの方
から「ホームレス」の方へ支援を持ちかけたのか知りませんが、「ホームレス」に限らず
支援や協力をするというのは、お互いに”利用価値”を認めたからでしょう。

伊達さんは、自分たちも「ホームレス」も無垢な存在ではない、と言っているだけです。



>会議に出なかったりすれば、支援者から「いったいどうなっているのか?」と
>疑問の声が出てくるのは当然のこと。
>むしろ、そういった声が支援者の側から出てくるのは、健全な証拠とも言えるが。

誰も、そういった声が支援者の側から出てくるのを問題にしていないでしょう?
信頼関係が残っていれば、そういった支援者の声を内部で処理できるはずだし、
支援者としてもそういう声をマスコミに知らせたいとは思わないはずですからね。
 

Re: Re: 主義主張と信頼関係

 投稿者:伊達 純  投稿日:2008年 8月26日(火)08時38分28秒
返信・引用 編集済
  > 会議に出ないとか、妻のパスポート取得に特権を使ったとか、
> そんなレベルのものを、臭いものにフタが出来ないと言って、
> いちいち公表している後援会は無いでしょう。
> 伊達さんという”人間は、そんなに単純なものなのか?
> キレイなものなのか?” ですよね。

 異なった文脈のことを同一次元で捉えることによるあげ足取りの典型。

 私が「人間は、そんなに単純なものなのか?キレイなものなのか?」ということを書いたのは、川田龍平議員のことを単なる薬害AIDS問題の被害者として、あるいは「市民派」の人たちによって利用された存在として、つまりその主体性を無視して描き出していること、あるいは「ホームレス」の人たちのことを自分たちの権利を守るために声をあげることのない、「支援者」を名乗る「政治的」な連中によって煽られる(=利用される)無垢な存在として描き出すことに対する批判として書いたもの。

 ところが川田議員は、ただ単に薬害AIDS問題の被害者というだけの人ではないし、「市民派」によって利用されるだけの主体性の無い存在でもない。そして議員になった以上、彼には議員として責任が伴なうのである。

 更には会議に出なかったりすれば、支援者から「いったいどうなっているのか?」と疑問の声が出てくるのは当然のこと。むしろ、そういった声が支援者の側から出てくるのは健全な証拠とも言えるが。

 繰り返しになるけれども、単に薬害AIDS問題での被害者、そして「市民派」に利用される存在として川田さんを描き出すのは、彼の主体性を無視していることになり、彼に対して失礼。
 

Re: 主義主張と信頼関係

 投稿者:純情まっすぐ君  投稿日:2008年 8月26日(火)07時10分49秒
返信・引用
  >自分の経験から言わせてもらうと、この意見にもかなり違和感があります。
確かにそれは言えますね。
主義主張の違いが出てきたのではないか?と、私はどこかでそう思っていたのでしょう。
しかし、信頼関係が損なわれてしまっているのは間違いなさそうです。


>もちろん内部で問題を解決すべきだとは思うし、信頼関係があれば緊張を孕みつつも
>解決できると思うけれども
そうですよね。

>「クサいものにフタ」をするように処理してしまえると言うことであるならば、問題があると思いますね。
会議に出ないとか、妻のパスポート取得に特権を使ったとか、そんなレベルのものを、
臭いものにフタが出来ないと言って、いちいち公表している後援会は無いでしょう。
伊達さんという”人間は、そんなに単純なものなのか?キレイなものなのか?” ですよね。


その信頼関係が失われた結果として、そういう「行動」に現れたのでしょうから、その
「行動」をいくら直せと言っても問題は解決しないと思います。
「何故、信頼関係が損なわれてしまったのか?」ということの原因を解決しないとだめでしょう。


ネットウヨとレッテルを貼られる私でも、何から何まで右っぽい主張をする訳ではありません。
例えば死刑制度には反対ですし。
そういう意味では、主義主張の違いが出てきたのかもしれません。

最初に書いたのは、”「問題行動」が顕著になったのが2月の結婚以降です”というのを
見て、なんとなく、妻を信頼し尊敬する”人としての川田議員”として捉えてみたくなったのです。
 

Re: 主義主張と信頼関係

 投稿者:伊達 純  投稿日:2008年 8月26日(火)03時19分23秒
返信・引用
  >> 日頃どちらも「主義主張」が合致して、信頼関係があるならば、こんな
>> 話が外に漏れてくるはずが無いと思います。

> 自分の経験から言わせてもらうと、この意見にもかなり違和感があります。

 これについては私も全く同感です。

 主義・主張が合致して「信頼関係」があるならば、何か問題を外部に漏らさずに内部で「クサいものにフタ」をするように処理してしまえるのではないかと言っているように思えてしまう。

 もちろん内部で問題を解決すべきだとは思うし、信頼関係があれば緊張を孕みつつも解決できると思うけれども、「クサいものにフタ」をするように処理してしまえると言うことであるならば、問題があると思いますね。

 こういうところでも共産党をはじめとする左翼党派のセクト主義、スターリン主義を批判している側の人間が、逆にセクト主義的、スターリン主義的になっているように見えるのは私だけ???
 

主義主張と信頼関係

 投稿者:まっぴょん  投稿日:2008年 8月26日(火)00時00分8秒
返信・引用 編集済
  純情まっすぐ君さんへの反論です。

> 日頃どちらも「主義主張」が合致して、信頼関係があるならば、こんな
> 話が外に漏れてくるはずが無いと思います。
> その奥にもっと別の問題があると思いますね。

自分の経験から言わせてもらうと、この意見にもかなり違和感があります。

「主義主張」とか「政治的立場」というものは、私にとってとても大事なものですが、人間の資質や価値ってそれだけではないでしょう。また主義主張が同じだから信頼関係が生まれるというものでもありません。二つの事例を紹介します。一つは元所属していた組織の内部での信頼関係です。同じ組織の「同志」であるなら信頼関係が築けるはずですよね? でも私は第四インター内部には複数の「だいっきらい」で信頼の置けない人間がいました。もうひとつはその逆です。私とは思想的にほとんどまったく違っていて左翼ですらない、マルクス主義の本など一冊も読んだことのない何人もの人たちと深い信頼関係で結ばれています。その一人は私の連れあいさんです。私は彼女を人間的にも信頼し尊敬しています。
 

行動こそが問題だ

 投稿者:伊達 純  投稿日:2008年 8月25日(月)22時24分47秒
返信・引用 編集済
  > 人間は、キレイごとが好きなのね

 そのキレイごとに殉ずる必要は誰にもない訳ですが。

 ところで自分は、そのキレイごとに殉ずる覚悟があるのでしょうかね?

 キレイごとは、まず自分に対して適用すべし。

 自分に適用されたキレイごとを好きと言えるか、それも問題だ。

> 外に見えているのは「行動」ですが、この行動を直接の問題にしても
> 何も解決しないとは思いませんか?

 ミョーなところで川田龍平さんを庇いますね。

 と言うか、単に薬害AIDS問題での被害者、そして利用される存在として川田さんを描き出すのは、彼に対して失礼だと私は思いますが?

> これは憶測ではないのですか?

 TAMO2さんが描き出した共産党の人のイメージが、私の接した共産党の人たちと実際に違う訳ですからね。
 

人間は、キレイごとが好きなのね

 投稿者:純情まっすぐ君  投稿日:2008年 8月25日(月)22時15分23秒
返信・引用 編集済
  >言い過ぎかと思って。相手によっては例外もありますが(*^^*)
所詮憶測ですから、ズレているのは認めます。

>「行動」への批判です。
でも、行動への批判と言っても、”会議にちゃんと出てくれなかった”とか、
”別の会議の費用を流用した”というものです。
日頃どちらも「主義主張」が合致して、信頼関係があるならば、こんな
話が外に漏れてくるはずが無いと思います。
その奥にもっと別の問題があると思いますね。

外に見えているのは「行動」ですが、この行動を直接の問題にしても
何も解決しないとは思いませんか?



>だいたい「純情まっすぐ君」なる「ナイーブ」そのもののハンドルネーム
このハンドル名は、まっぺんさんから付けていただいたものです。
もちろん皮肉でしょうけど。

>> 人としての彼の心情を想像しました。
>> 愛する妻が一番になっただけ、のような気がするだけです。
> ただ単に憶測だけで書いてないですか?
”想像した”、”気がする”と書いているのですから、もちろん憶測です。
新妻病か?と書いた週刊誌も憶測でしょう。

>TAMO2さんと私とでは、接した共産党の人の質が違うのだと思います。
これは憶測ではないのですか?
 

共産党についても単純に見ることは出来ないんじゃないかな?

 投稿者:伊達 純  投稿日:2008年 8月25日(月)19時42分54秒
返信・引用 編集済
  TAMO2さんと私とでは、接した共産党の人の質が違うのだと思います。

もちろんTAMO2さんのおっしゃったような共産党の人は、私の経験から言ってもいない訳ではないですね。

例えば若手の共産党の人で、ほとんど文献を読んでいないような人(私もTAMO2さんほど読んでいる訳ではありませんが)は、世界観が単純だったり、セクト主義的であったりしました。

ある年配の共産党の人に、様々な書籍が事務所にあったので(マルクス・レーニン主義の本だけではなくて、むしろ岩波新書などが多かった)、若手の共産党の人は、こういった本をどれだけ読んでいますかと聞いてみたら、「ほとんど読まない」そうです。で、むしろそういった若手の方が、世界観が単純だったり、雰囲気がセクト的であったりする。

年配でインテリの人の方が開かれている印象ですね。で、そういった人は、当然のことながらマルクス・レーニン主義の文献も読んでいる訳で。また、そういった人たちは、自称「市民派」よりも開かれていると思いますね。

TAMO2さんが接した共産党の人というのは、そういうのとも違って、マルクス・レーニンの文献を読みつつセクト的だったり、図式的な世界観だったりするのでしょうね。それは大学の学生さんだったりするんじゃないかな。実は私は、そういう共産党の人に接した経験がほとんど無い(そういった人たちであっても、「『ホームレス』の人たちが自分たちの権利を守るために声をあげる筈が無い」と彼らを無垢な存在として描き出すようなことはしないんじゃないかな)。

そういう訳で、共産党の人に対するTAMO2さんの印象も、TAMO2さんの経験の範囲でのことなんじゃないかなと思ったりする訳ですが。

あと川田龍平さんの今回の行動については、伝聞の範囲内でしか言えませんが、やはり問題でしょうし、選挙などで支援してきた人たちに筋を通すのは必要なことだと思います。

それは川田さんのことを、ただ薬害AIDS問題の被害者として単純な図式で描き出すという問題とは全く別のことだと思います。

と言うか、私は川田さんの行動に問題が無いと言っている訳ではなくて、川田さんのことを薬害AIDSの被害者であり、参院選でも利用されたのだという言説への批判、反論として書いた訳なのですが。
 

茶々入れ

 投稿者:TAMO2  投稿日:2008年 8月25日(月)18時02分39秒
返信・引用
  >ではマルクス・レーニン主義的な世界観を持っている人たちは? マルクス・レーニン主義を表面的なところで批判したり嫌悪している人たちよりは、その陥りやすい罠に対して自覚的でしょうね、当然のことながら。

日本共産党を見る限りは、そうでもなさそうです。まあ、日共に限りませんけどねぇ。
 

単純でも綺麗でもないからこそ

 投稿者:TAMO2  投稿日:2008年 8月25日(月)18時00分8秒
返信・引用
  物事を単純に描き出す「筋」ってのは大切なんじゃあないでしょうか。それだけのことと
して、それを片付けることから出発しないと、何も解決しないのではないかと思います。

我慢できなければ、離れればいい。個人的には、そうやって人間関係を何度も切って
来ました。
 

人間は、そんなに単純なものなのか?キレイなものなのか?

 投稿者:伊達 純  投稿日:2008年 8月25日(月)09時16分26秒
返信・引用 編集済
  確かに川田龍平さんは薬害AIDS問題の被害者である。では川田さんは、ただ薬害AIDS問題の被害者というだけの人なのか? そんな単純な図式ではないことは、小林よしのりの『脱正義論』を読めばわかるのではないか? もちろん小林よしのりなる人物の思想、あるいは彼の『脱正義論』に対して私は批判的である。その小林よしのりすらが、そんな単純な図式で川田さんのことを描いていない。

新宿西口の「ホームレス」の人たちについても同様である。「ホームレス」の人たちが自分たちの権利を守るために声をあげたりする筈が無い、「支援者」を名乗る「政治的」な連中に煽られているのだという言説の根底には、川田さんのことを、ただ薬害AIDS問題の被害者として描き出すのと同様に「ホームレス」の人たちを無垢なる存在として描き出すという単純で図式的な世界観がある。

要は人間はそんな単純なものなのか、キレイなものなのかということだ。だいたい「純情まっすぐ君」なる「ナイーブ」そのもののハンドルネームを用いている人物自身が、そんなに単純なものなのか、キレイなものなのか、よく自分に問うてみるがいい。人間は、そんなに単純なものでもないし、キレイなものでもないことがわかるならば、川田龍平さんを、ただ薬害AIDS問題の被害者として描き出す、あるいは「ホームレス」の人たちが自分たちの権利を守るために声をあげたりする筈がない、「支援者」を名乗る「政治的」な連中に煽られているのだという単純な図式、世界観の間違いがわかる筈である。

マルクス・レーニン主義について言えば、私は、「意識的であれ」という点など学ぶべきことはあるが、「外部注入論」「前衛と大衆」など批判されるべき点もあるという立場である。私は、ただ単純にマルクス・レーニン主義を表面的なところで批判したり嫌悪している人たちが、マルクス・レーニン主義の悪しき部分と同様な世界観を持っていることを皮肉っているが、ではマルクス・レーニン主義的な世界観を持っている人たちは? マルクス・レーニン主義を表面的なところで批判したり嫌悪している人たちよりは、その陥りやすい罠に対して自覚的でしょうね、当然のことながら。

> ”結婚を期に変節した”、”新妻病”というキーワードだけで、
> 政治家としてではなく人としての彼の心情を想像しました。

> 政治家の変節は何も珍しいことではないけど、どうも変節
> というよりは、愛する妻が一番になっただけ、のような気
> がするだけです。

ただ単に憶測だけで書いてないですか? 妄想が暴走していませんか?
 

ピントはずれは消しました

 投稿者:まっぴょん  投稿日:2008年 8月25日(月)09時09分46秒
返信・引用 編集済
  言い過ぎかと思って。相手によっては例外もありますが(*^^*)

※今回川田さんに対して批判されているのは「ML主義に反しているから」ではなく
会議にちゃんと出てくれなかったとか、同行者のパスポートといった問題。
また川田さんからの反論では支援者が「ML主義の会議」ではなく
「みどりの国際会議」出席の費用に流用したというもので
どちらからの側からの主張も「主義主張」ではなく、「行動」への批判です。
 

ピントズレ

 投稿者:純情まっすぐ君  投稿日:2008年 8月25日(月)08時23分0秒
返信・引用
  ピントズレという指摘は消されたようですが、確かにピントがズレたことを書いたようです。

>いま議論されているのはそういう事ではないと思いますよ。
川田議員を巡る議論については知らないので、それに対してコメントした訳ではわりません。
”結婚を期に変節した”、”新妻病”というキーワードだけで、政治家としてではなく
人としての彼の心情を想像しました。
ですから、ピントはズレているでしょうね。

政治家の変節は何も珍しいことではないけど、どうも変節というよりは、愛する妻が一番
になっただけ、のような気がするだけです。


>「支援者」を名乗る「政治的」な連中が煽っているのに巻き込まれているのだ、と。
で、違うのですか?

マルクス・レーニン主義的な世界観を持っていない筈の人が、マルクス・レーニン主義的な
世界観を持って言う事が皮肉と言うべきなら、マルクス・レーニン主義的な世界観を持って
いる人ならば、やっぱり・・・・・・・・
 

利用する/利用される?

 投稿者:伊達 純  投稿日:2008年 8月25日(月)03時42分29秒
返信・引用 編集済
  新宿西口の「ホームレス」の人たちが自分たちの権利を求めて声をあげていることについて同様のことが言われたことがある。

要するに「ホームレス」の人たちが声をあげていることに対して、「ホームレス」の人たちが声をあげたりする筈がない、「支援者」を名乗る「政治的」な連中が煽っているのに巻き込まれているのだ、と。

この図式は確かにわかりやすいが、実は大変な陥穽がある。マルクス・レーニン主義的な指導する「前衛」と指導される「大衆」という図式と相似形なのである。

マルクス・レーニン主義に対して批判的な(あるいは嫌悪を示している)(筈の)人たちが、マルクス・レーニン主義的な世界観を持っているのは何とも皮肉と言うべきか…。
 

余談ですが茶畑さん

 投稿者:まっぴょん  投稿日:2008年 8月24日(日)12時35分27秒
返信・引用 編集済
  『かけはし』5月5日号によると第四インターイギリス支部はロンドン市長選において緑の党の候補への投票を呼びかけてますね。
http://www.jrcl.net/frame080505f.html
 

一般論には思い当たる節があります

 投稿者:まっぴょん  投稿日:2008年 8月24日(日)11時35分19秒
返信・引用 編集済
  川田さんが当選して間もなく、他の議員に誘われてのことだと思いますが、これからはゴルフなんかもお付き合いでやっていかなくてはならないみたいな事を言ってましたね。つまり、彼の政治的な目は自分に期待し自分を応援してくれた勝手連や有権者にではなく、「議員」という、政党や政治主張を超えた「国会という職場の同業者仲間」の方へ向いているのではないか。そんな気がしていました。川田さんが議員になってやるべきことは、川田さんを応援した我々の意志と共にあることを忘れないでほしい。

※純情まっすぐ君さんへ。

>そこに愛する女性が現れた。
>長く生きられないと思っていた青年に、自分の命をかけてもいい相手が現れたのですから、
>ぐちゃぐちゃの汚い(と想像する)政治世界に染まってしまいそうになっていた川田議員の
>心がどんなに癒されたことかと思います。

いま議論されているのはそういう事ではないと思いますよ。「政治世界に染まってしまいそうに」も何も、本人が自分の意志で立候補を決めたのですから、染まるのがいやなら立候補しなかったと思います。また、私を含めて彼を応援する人たちはある程度の政治的共通性を持っていますが、そうした人々の応援を頼んだという事は彼もまた同じ意志を持った「同志」です。私は都知事選で浅野選挙を応援し、例えば辛淑玉さんや中山千夏さん等の「大江戸勝手連」立ち上げの集会にも行きましたが、そこにも川田さんは来ていました。そして浅野選挙を担った多くの人たちが「浅野のかたきを川田で討とう!」と彼を応援したのです。
http://www.red-piper.com/

>もう彼を充分”利用”したでしょう?
>(私の想像通りなら)彼を静かな暮らしに戻してあげて欲しいと思います。

「利用する・される」という言い方に偏見を感じますが、あえてそういう関係として語るなら、彼は自分から「利用されたい」から立候補し、彼の意志で自民や公明ではなく我々を「自分を利用する人々」として選んだのです。いま問題になっているのは彼の政治的行動の方向性であって、例え現在の支持者団体と決裂したとしても、議員であるかぎり、こんどは別の政党や会派とお付き合いをすることになり、いずれにしても「静かではない生活」が続くでしょう。静かな生活を求めるなら議員をやめるしか方法はないと思いますよ。
 

人としての川田議員

 投稿者:純情まっすぐ君  投稿日:2008年 8月24日(日)10時52分34秒
返信・引用
  川田議員についていろいろ取りざたされていますが、私はなんとなく彼の気持ちが
解るような気がします。

彼は薬害の被害者であって、それまでは特に政治的な活動をされていたことは無かったのでしょう。
”国”との訴訟という、”国家に対抗”して注目されているという部分で、反政府系の『プロ』
に出会い、政治世界に担がれ、その中で上下左右様々な『プロ』に出会い、”裏”の世界を
見てしまったのではないかと思います。

普通の青年が、薬害の被害者になり「訴訟に勝てばいい」という自分の思いとは別の”力”
によって思いもよらない方向に押し出されてきたのでしょう。

そこに愛する女性が現れた。
長く生きられないと思っていた青年に、自分の命をかけてもいい相手が現れたのですから、
ぐちゃぐちゃの汚い(と想像する)政治世界に染まってしまいそうになっていた川田議員の
心がどんなに癒されたことかと思います。

もう彼を充分”利用”したでしょう?
(私の想像通りなら)彼を静かな暮らしに戻してあげて欲しいと思います。
 

今や「権力」側の人間集団に成り果てたのかもね

 投稿者:TAMO2  投稿日:2008年 8月23日(土)19時49分41秒
返信・引用
  三浦様の素晴らしい文章を汚すようで申し訳ない。だけど、日「共」に幻想を抱く若い
人が増えているようなので、以下の大阪の日「共」幹部の妄言をここにも晒して
おきたいと思います。本気の本気で腹が立ちました。
----
映画「若者たち」で、長男が苦悩に満ちて学生運動に進む弟を諌めるシーンがあったと
思います。この文章の書き手には、そういう苦悩がないだけ、モロ権力主義的に見えます。
「現実を見ろ、お前らの言うことはきれいごとだ」と、若者は何度言われたことでしょう。
そして、そう言われたであろう「積分値」は、日「共」がmaxだと思うのですがね。
こんなのが、大阪府の「幹部」なのですよ(呆)。


こういう連中が「共産主義」の御宣託を述べるならば、そんなものにはついていかないと
言うしかありますまい。

※ト田ーリンが擦り寄ったか、何かした人でもあります。人物を選んで欲しいなあ(笑)。

http://www.miyamoto-net.net/column/diary/1219130295.html

 

一般論として書きます

 投稿者:三浦小太郎  投稿日:2008年 8月23日(土)18時11分52秒
返信・引用 編集済
  私は川田氏の政治主張とは全く異なる立場ですし、川田氏を巡る今回の2次会のテーマは、あくまで支援者の間で本来話し合われるべき事でしょうから、一般論として3次会で書きます。混乱が起こるようでしたら削除して結構です

川田氏の選挙マニフェストやそのホームページでの主張についてですが、勿論、これはこれで選挙前に川田氏と支援者がじっくり論じ合って作ったものだろうとは思います。しかし、私が従来の川田氏の発言や文章を読む限りですが、氏は自分の薬害体験と、そして運動経験の中で、彼なりの政治主張も、市民の政治参加への意識も、また、マイノリテイへの共感も持ったとは思いますけれど、それ以上の、このマニフェストで示されているような総合的な政治認識は、少なくとも従来の発言内容からは感じないんです。

私はそれを悪いといっているのではないんです。川田氏を一つのシンボルとして、このマニフェストのような内容を支持して集まった多くの方々の思いを実現していく、その過程で、川田氏自身も、あえて言えば走りながら学んでいく、そういう政治活動はそれはそれであっていいと思う。

しかし、しばしば起こりがちな事ですが、実際にそういう方が議員に当選すると、今度は政治・行政の現場では、小林よしのりさんみたいな言い方で嫌かもしれないけど、やっぱり『プロ』にであうわけですよ。すると、今度は純粋な人ほど、悪く言えばそれほど現場を知らない人ほど、逆にそっちの論理に引きずられていく事があります。例えば私などは大した例ではありませんが、脱北者の救援を口で言ったり書いていたりするときは行政や政治家の批判はいくらでも出来ますが、実際に交渉する段になれば、行政や政治家のほうが、現実に難民を日本に受け入れる上では、私などより遥かに力が当然あるわけですし、建前だけではどうにもならない現実も、彼らのほうが知っている事も、処理する能力があることも多いわけで。

本来、行政の現場の論理と運動の論理と、どっちが上でも下でもないんです。
本当は、これからの時代は運動と行政、政治というのはむしろ補完関係にあるべきだと私などは思いますが、まあそれはそれとして、そういうまったく別の現場に触れたとき、運動の側から来た人が、きちんとした論理や思想的な立場を持っていないと、今度は彼らの論理に全く取り込まれてしまうこともあるんですね。

川田氏のケースは以上のこととは当てはまらないかもしれませんが、ちょっと自分なりの立場から書きました。

追記:私は政治家に市民派などという定義は無意味だと思っています。優れた政策を打ち出せる政治家と打ち出せない政治家、国民に訴える影響力を持つ政治家と限定的な支持層にしか影響力をもてない政治家がいるだけです。私の政治家観ではそうなります。

しかし、皆さんの視点からすれば「市民派」というのは、国家の論理である政治を解体する思考を持っている政治家、つまり政治の内部から政治を解体する意志を持つ政治家を市民派と呼ぶのだろうと思います。この視点を確立した上でマニフェストは意味を持つわけで、「市民派」という定義をもっと厳しく原則に沿って用いる事は必要ではないかと思います。あらゆるスターリニズムも国家主義も拒否する、と言う原則論を貫き、その原則をリアル・ポリテイクスの論理(つまり国家と政治の論理)よりも絶対的に優先する、それによって政治的有効性を失っても原則を重んじる、そこまで覚悟を決めなければ市民派でもなんでもないでしょう。
 

アッテンボローさんの雑記帳

 投稿者:まっぴょん  投稿日:2008年 8月20日(水)11時25分36秒
返信・引用 編集済
  アッテンボローさんの雑記帳はたまに拝見します。おそらく彼を含む中核派系の多くの人たちが現在の中核派の分裂について様々な思いを持ちながら、今後の推移を見ているのだと思いますが、私としてはこれを期に「分裂した各派の中のどれがいいのか」というような固定した見方ではなく、組織活動や運動の実践、理論面について様々な可能性の中から考え直してみてほしいと思います。いわゆる「関西派」は3・8分裂について、やや柔軟な姿勢が見られ、それについては好感をもって眺めています。あの時の行動を間違いと思うなら、それについて今できる事は何なのか、それを行動で示し、排他的ではない新しい関係を他の組織や運動と共に築き上げていってもらいたい。左翼運動の統一・発展を願う者にとって、それは重要なステップであると考えます。

ところでアッテンボローさんが「メジライオンツィ」について書いていたのを見落としていました。これを読むとアッテンボローさんもやはり伝統的なスターリン主義的「ボリシェヴィキ」観に囚われていると感じます。三次会7月27日の「景清」文書の中で説明済みですが、「ボリシェヴィキ=革命派、メンシェヴィキ=中間派」という認識はスターリンによって偽造された党観であり、ボリシェヴィキさえも、レーニンが四月テーゼで大転換を果たすまでは、メンシェヴィキの多くの活動家と同じく「二段階革命論」の立場であった事を知るべきです。トロツキーのメジライオンツィがボリシェヴィキに合流できたのは、レーニンが四月テーゼによって「永続革命論」の立場に立ったからでした。この大転換があったことによって、メンシェヴィキ内部の最良の活動家たち、さらにはエスエルやアナキストからも参加した「新生ボリシェヴィキ」が誕生したのだと考えるのが、もっとも妥当な評価であるという事です。

ボリシェヴィキについてのこの誤った歴史観が解けないと、中核派は結局「反スタ」スターリニズムを超える事ができないのではないでしょうか。アッテンボローさんにはぜひ『トロツキー研究』16・36・37を読んでいただきたいと思います。
http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2008/08/post_feae.html#comments
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