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> No.4297[元記事へ]
三浦小太郎さんへのお返事です。
イスラエルは、この承認条件をあげて、いったい何をしたいのか? という素朴な疑問があります。確かにもともと無理な話に思えるわけで、それもイスラエルは承知の上でしょう。では、いったい、どのような意味なのか?
非武装国家というものが、イスラエルや国際世界のなかで、どんな見方(了解のされかた)をしているのか、僕にはわからない。
日本での提唱と同じであるはずがないし、日本での主張はかなり特殊な部類ではないのか、と。
その位置を明確にして、日本の独自性や特徴を生かした形で、国際紛争の代案を見つけたい。
◇ ◇ ◇
僕は、世界のなかのひとつの自治区として、軍事力=民衆の武装は必須であろうし、そのためには思想とともに銃器爆薬等の教育訓練が必要だと思っている。大陸間弾道ミサイルも配備して徴兵制とする。米国のポチにはならない。海外派兵も可。ヤマト発進せよ! 敵は皆殺しだ。
でも、もし、みんなが本当に非武装をイメージしたら、ひょっとしたら実現可能かもしれない……と、思ってはみる。思ってはみるが、ちと心もとない。
しかし、そんな話は脇に置いて、僕たちは、そこへ行く前に、根幹の思想を鍛えなければならないと思うのです。その過程で必ず代案が生まれてくる。
各自それぞれの立場の当面の理想に固執することなく、柔軟な展開が必要なのだと思う。
右にせよ左にせよ、その理想に固執すればするほど、大衆からバカにされ、つまりは誤解されて遊離してゆくのではないか。そして何の力も持たない戯言となる。
僕たちのそれぞれの理想は、練習課題にすぎないのではないか。
九条をめぐるあれこれには、僕はそんな危機感を持っています。
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