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アッテンボローさんの雑記帳はたまに拝見します。おそらく彼を含む中核派系の多くの人たちが現在の中核派の分裂について様々な思いを持ちながら、今後の推移を見ているのだと思いますが、私としてはこれを期に「分裂した各派の中のどれがいいのか」というような固定した見方ではなく、組織活動や運動の実践、理論面について様々な可能性の中から考え直してみてほしいと思います。いわゆる「関西派」は3・8分裂について、やや柔軟な姿勢が見られ、それについては好感をもって眺めています。あの時の行動を間違いと思うなら、それについて今できる事は何なのか、それを行動で示し、排他的ではない新しい関係を他の組織や運動と共に築き上げていってもらいたい。左翼運動の統一・発展を願う者にとって、それは重要なステップであると考えます。
ところでアッテンボローさんが「メジライオンツィ」について書いていたのを見落としていました。これを読むとアッテンボローさんもやはり伝統的なスターリン主義的「ボリシェヴィキ」観に囚われていると感じます。三次会7月27日の「景清」文書の中で説明済みですが、「ボリシェヴィキ=革命派、メンシェヴィキ=中間派」という認識はスターリンによって偽造された党観であり、ボリシェヴィキさえも、レーニンが四月テーゼで大転換を果たすまでは、メンシェヴィキの多くの活動家と同じく「二段階革命論」の立場であった事を知るべきです。トロツキーのメジライオンツィがボリシェヴィキに合流できたのは、レーニンが四月テーゼによって「永続革命論」の立場に立ったからでした。この大転換があったことによって、メンシェヴィキ内部の最良の活動家たち、さらにはエスエルやアナキストからも参加した「新生ボリシェヴィキ」が誕生したのだと考えるのが、もっとも妥当な評価であるという事です。
ボリシェヴィキについてのこの誤った歴史観が解けないと、中核派は結局「反スタ」スターリニズムを超える事ができないのではないでしょうか。アッテンボローさんにはぜひ『トロツキー研究』16・36・37を読んでいただきたいと思います。
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