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TAMO2様次のような面白い記事を発見しました。
http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/faq/faqa4.html#seca44
アナキズムFAQ
A.4 アナキズムの主な思想家は誰か?
ドイツ出身の著名なアナキストはシュティルナーだけではない。数多くの独創的なアナキズム思想家がいる。グシュタフ=ランダウアーはその急進的見解のためにマルクス主義の社会民主党から除名され、その後すぐに自分はアナキストだと公言した。彼にとって、アナーキーは『国家・教会・資本という偶像からの人間解放の表現』であった。彼は、『自由連合と組合、権威の欠如』を望ましいとして、『上からの水平化、官僚制である国家社会主義』と闘った。彼の思想はプルードンとクロポトキンの結合であった。自主管理型地域社会と協同組合の発展を社会変革の手段だと見なしていたのである。彼が有名なのは次の洞察によってである。『国家は一条件である。ある種の人間関係である。人間同士の行動様式である。我々は、他の関係を協議して決めることで、お互いに対して異なるやり方で行動することで、国家を破壊するのである。』[Peter Marshall, Demanding the Impossible, p. 410 and p. 411 で引用] 彼は、1919年のミュンヘン革命で主導的役割を果たし、ドイツ国家が革命を破壊している最中に殺害された。著書「社会主義に向けて For Socialism」は彼の主要な思想を上手くまとめている。
グシュタフ=ランダウアーはなんと述べているのだろう?
ある種の社会関係が国家を形成するのだから、
>自主管理型地域社会と協同組合の発展・・・・・・で、
>他の関係を協議して決めることで(新たな社会関係の形成のなかで)
>国家を破壊する・・・・・・と。
なんと、以下のコモンズの主張と同じではないか?
http://www.com21.jp/journal/001/001_06-07.html
「一つは、マルクス的コミュニズムの核心である協同組合型社会(アソシエーション)は、国家によって上から育成する道ではなく、「国家権力を自由な諸個人からなる生産者自身に移す」事によってしか生成されない。」
私は次のように考えたのです。
プルードンの労働貨幣論に、物象化論が無いことをこそ、マルクスは、経済学批判から、資本論のなかで、口を酸っぱくさせて執拗に批判していた筈です。だから、プルードンに対して、グシュタフ=ランダウアーの評価は誉めすぎであることは明白です。もっとも、ドイツ社民も、ドイツ共産党を生成していった人々も、寄生体としての国家の廃絶の問題意識を持ち得ないことにあきれ果てての、アナ−キスト持ち上げであったのかも知れません。
人々の無意識での貨幣生成の共同行為は、「諸商品の非直接的交換可能性」を前提にするのに、プルードンは、商品に、交換可能性の姿態を見、独立した諸個人のブルジョア的姿態を賞賛していたのですね。マルクスさんはこう述べていたのです。
「商品生産に人間的自由と個人的独立との“究極”を見る小市民にとっては、この形態に結びついたもろもろの不つごう、ことに諸商品の非直接的交換可能性からまぬがれていることは、もちろん非常に望ましいことである。この俗物的ユートピアを描いたものがプルードンの社会主義であり、」(資本論1巻1章註24)
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