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>国家ではなく、近代ではなく、人々の村こそが革命の目指すべき共同体である、と
>いうのは、近代を超えようとする思想的・政治的実践としては私は最も先鋭的なも
>のだと思うし、それは我が陣営の例えば権藤成卿の思想なんかとも決して遠いもの
>じゃない。
三浦さん、はじめまして。私とは立場が違うものの、深い洞察力には常に感服
しております。
メキシコとは違った色彩で、かつ、ロシア革命の対極にあったという意味では、
メキシコ革命に通じる「スペイン革命」の存在がありました。ご存じとは思いま
すが、地上で唯一、近代アナキズムが実効性を持った(?)革命としても、歴史
上に名が残っています。
ここで貧農らが展開した集産主義は、極めて土着的であり、かつ「国家」(支
配層)からの自立を目指したという意味で、極めて先鋭的な意義があったわけで
すが、当然、ファシスト=スターリニスト連合軍の前に蹴散らされていく運命に
あったわけです。
日本語の文献がないので、この集産主義と当時のスペインの「村」との関係が
よく分からないままなのですが、「村こそが革命の拠点」という意味での「村」
たり得たことは間違いないと思うわけです。
翻って、日本の今の村の話です。
過疎とか高齢化とか、その惨状ばかりが言われますが、しかし本当にそうな
のか。「抵抗の拠点」としての日本の村は、昔も今も捨てたものではないと思
っています。
雑誌『アナキズム』には、なぜか「村からの発信」という記事が連載されて
います。立場は違うとは思いますが、もしお読みでないなら、一度お読みにな
ってみてください。
http://a.sanpal.co.jp/anarchism/
とりとめのない書き込みでしたが、また。
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